みたび 弥生のこと      





1日
(月)もう3月!と目をみはるような時の流れだった。急流の中であちこちとぶつかりながら、よくも壊れなかったものと改めて思う。
 今月16日に日帰りバス旅行を計画しているけれど、行く先の南房総は私にとっていささかの懸念を抱かざるを得ない事情がある。
 もうずっと昔、そう、あれは10年位前だったかしら?学校時代の同級生の仲間で、私が当番で南房総の旅を計画したことがある。
 数日前になって関西方面の人たちが、温泉がないから嫌、とキャンセルしてきた。
間際のこととて、困った私は、同じ学校の別のグループに助けを求めた。
 気持よく急場を救ってもらったことに関してはほんとうに感謝したものだけれど、たった1泊のその旅で、ちょっとしたことから、一番大切なお友達との決別を余儀なくされてしまった。
 幸い元に戻ったものの、その修復には3年を要した。たった一人の心ない中傷が元だったけれど、そのことで南房総は私にとって近づきたくない場所となった。
 でも私はいつでも春の南房総に強い憧れを抱いており、いくらなんでも、もう呪詛からは解放されていると判断して、今回の行く先に決めたのだけれど、その予約に行った日に、泥棒に入られたのだ。
 意地っ張りの私は、ここで負けてはならじと、突っ張りを見せているけれど、顔に出ているのか、今日はデイホームで、「どうしたの?冴えない顔をしてるわね」、と声をかけられた。
 でも、悪いことばかりではない、この間から歌うと声が引っ掛かって、ずっと昔の音声障害がぶりかえしたかと心配していたのだけれど、今日はすんなりと声が出たことだった。
 足の痛いのは気にしないことにしよう。
 今月はどんな月になるかしらねえ。
 どたばたとしていて、気がついたら、今年はお雛様を飾るのを忘れていた。

2日(火)6時半に目覚ましの音で起きる。今日は久しぶりにグループ5人で伊豆稻取に行く日。
 まだ壊れたガラスも直ってないというのに、行ってもいいかどうか、おっかなびっくりだったけれど、皆が背中を押してくれて、思い切って行くことにした。
 この前のトドの会の旅の日は、旦那が終焉に向かうスタート点についた入院日だったために、やむなく私だけがキャンセルしたのだった。
 快晴とはいえないものの、まあまあの空で、旅としては申し分ない。
 踊り子号はガラ空きだった。まず今まで一度も見たことがなかった、シーズン真っ盛りの河津桜を見物。
 小ぶりの桜はどれもが満開で、目の高さの木に鶯がいっぱいいるのを見たのは初体験。
 目的の「いなとり荘」まで2駅を2台のタクシーに分かれて、途中お魚屋さんに寄りながら向かう。
 このホテルに泊まるのは2回目だけれど、今回も申し分ない。
 1,000円余計に払って食事の個室を取ったので、リラックスした夜となる。
 窓の外はさえぎる物のない海だけ。夜中近くなって海の上を漁火が並んで移動していくのが幻想的だった。

3日(水)昨夜はミノが留守を見てくれたので、なにも心配ない。だから夕方までゆっくりと遊んで帰ることにした。
 私が足が痛いために皆様が気を使ってくださり、どこへ行くのもタクシーで楽ちんな旅だこと。
 タクシーの運転手さんに教えてもらった、漁港のそばのお寿司屋さんが最高!朝獲れた地物のすし種は8貫で4300円也。その中には昨夜の漁火の烏賊ももちろん入っている。
 35年のキャリアのこの「トドの会」は新宿のプールが出来て最初からの仲良しグループ。
 皆節度を心得ているので、一度ももめたことがない最高の仲間。
 何十年と毎月5000円づつ積んできたお金を今せっせと使っているので、旅の時も都内でのお食事会もお財布を開くことなく遊べるのがすばらしい。
 今回もその例に洩れず、赤字は1円たりとも出さなかった。行く時空っぽだった鞄が、帰りにはよっこらしょと持ち上げなければならないほどの大荷物となったけれど、荷物の重さを上回るほどの満足感と、なによりもこのところの溜まったストレスを解消できて、こんな楽しい旅は初めてというほどだった。

4日(木)現金なもので、あれほど遊んできたのに足の痛みは酷くなっていない。
 朝一番に、稻取で買ってきたお土産を持って整骨院に行く。
 今日は行っているうちにとても混んできて、早くに行ったのは正解だった。
 午後になって旦那の友人のヒラサワさんから見事な写真集が送られてきた。世界中の大自然ばかりを撮られた見事な本を、じっくりと1枚づつゆっくりとみているうちに、これを旦那に見せてあげられなかったことが残念でならなくなる。
 夕方になってミノが鍵を届けに来てくれたので、金目鯛と鯵の干物、大急ぎで炊いたかやくご飯、ホテル自家製のじゃこのふりかけなどをお土産にあげた。
 帰ってからまた雨が降りだした。35年来、トドの会の旅行は数え切れないほどの回数に及んでいるけれども、旅に出て一回も降られたことがない。
 全員が晴れ女なのだ。

5日(金)朝起きぬけに、ヒラサワさんに本のお礼の手紙を書く。
余り素晴らしい本なので、どういう修飾語を使ったら適切なのか考えていて、書き上げるのに1時間掛かってしまった。
 気持ちが通じればいいけれど……。
 10時にインナーサッシの職人さんが寸法を測りに来る。気がついたら泥棒が入ってから間もなく3週間だというのにどうしていつまでも出来ないのかしら?この不景気に優雅な仕事だこと!
 約束の時間から30分遅れてやってきたサッシ屋さんに、何時入るかしら?と聞いたら、あと10日から2週間という。
 言いわけのように、名古屋の工場で作っているものですから、というけれど、この時代に名古屋だからというのは、飛脚じゃあるまいし、理由にならないわよね。そういえば佐川急便のマークって飛脚が書いてあったっけ。
 今日は久しぶりに雲がなく、暖気が満ちたので、最近閉めっぱなしにしていた2階の東の雨戸を開いたら、すりガラスが恥じらったようにぽうっとピンクに染まって、遅く開いた桃の枝が満開だった。
 昨夜の雨はアルコールがはいっていたのかしらね。誰も見てくれないわが家の死角にある花なので、やけ酒でも飲んだのかも。

6日(土)ゆうべは東側の桃に見とれて、暖かいのを幸いと、30分位窓を開けておいたのが逆療法だったのか、昨日少し風邪気味だったのが、朝にはすっきりと回復している。
 でも何故だかずっと起きていたような気がするほど、寝付かれなかった。一晩中小さな音でつけっぱなしにしていたラジオ深夜便の時報を全部知っている。
 春はつかの間の期待を与えて、またあとずさりして行ってしまい、今朝の寒いこと!
 午後になって名古屋のミチコさんから電話で、クラス会にいこうかと思うんだけど、しばらくぶりの東京で自信がないというので、私も今年はずいぶん久しぶりに出席の返事を出してあるから一緒行こう、と強く勧めた。
 ずっと生れも育ちも名古屋で、学校時代は郊外の学生寮に入っていた彼女のために、東京駅のホームまで迎えに行く約束を取り付ける。

7日(日)寒さは相変わらず居座っているけれども、花は季節を裏切らない。
 まずわが家の花桃がプリマドンナの如くあでやかに咲き誇っているのを筆頭に、数軒離れたお宅の玄関先のミモザもたわわに花をつけて、このうえなく美しい。
 近道をしようと、門を出てそのまま露地を入って行ったら、どこからともなく高貴な香りが漂ってきた。
 見上げたらはす向かいのお宅の門のわきの白梅がこれも満開だった。
 この季節は足元に気をつけていないと、出始めた芽を踏みつけてしまう。
 そう思って目を凝らしたら、門の脇の砂利の中から伸びあがってきたスノードロップと花ニラに、小さな蕾が覗いている。
 猫の額のような南側の植え込みの中のクリスマスローズも4本の花が開いていて、お隣の奥様に頂いた沈丁花も、最初は手のひらに乗ってしまうような小さな枝だったのに、今は両腕で作った輪くらいに成長して、たくさんの花が開いている。
 リビングの前にひっそりと姿を現した白すみれが、よくもあの泥棒ちゃんに踏みつけられなかった、と、姿の見えない「悪い奴」にすら感謝したい気持。

                 

8日(月)切られたリビングのガラスがやっと修復した。
 今日来たガラス屋さん、面白かったなあ。満月のようなまん丸と、三日月さまみたいな細長い顔のコンビは、2人ともかなりなお歳で共に白髪頭。
 まん丸さんのほうがチーフらしいけれど、体を動かすたびに唸るので、思わず笑ってしまった。
 築15年の間にすこし歪みがでたのか、まずどうやっても規格外の巨大サッシが外れず、板を挟んで持ち上げてやっとのことで外れたガラス窓を運んで行ったまま、2時間帰ってこない。
 2階でやっていたパソコンゲームに戻るわけにもいかず、ずっとあけっぱなしの部屋でコートを着て震え続けた(今日の寒さは半端でない)。
 戻ってきて取り付けるのがまたひと騒動。今度は本式のジャッキをもってきたのだけれど、締め付けるたびに壁がミリミリ音を立てるので、思わず「家壊さないでよね」、と言ったら、満月さんも三日月さまもふふっと笑っただけ。
 夕方1本の電話。数日前に新しい電話機に変えて、面倒でまだ色々な設定をしていないので、あらゆる通話を取るはめになる。
 今日の電話は、不要なアクセサリーを買い取ります、だって。わが家には1個もないんですよう。欲しかったら、うちに入った泥棒ちゃんのとこに行きなさい、って言おうかと思ってしまった(思っただけ)。

9日(火)今日は昨日に勝る深々とした寒い一日だった。
 整骨院の帰りにプールに行こうかと思って一式をバッグに入れたけれど余りにも骨身にしみる寒さに、思い直して全部とりだす。こういう日に炬燵があったらどんなに良かったことだろう。
 ここ数日買い物に出なかったので、流石に食べるものが偏ってきて、そうなると精神的にも不安定になるような気がするけれど、治療の帰りに数種類の野菜を買ってきただけで、今日も買い物に出る気力はない。
 夕方になって、17日にお墓参りに行こうと誘ってくれていた兄から、お彼岸は18日からだったよ、と電話。
 そうじゃないかなと思っていたけれど、都合で早めたのかと思っていたら、やっぱりO型人間だわ、うちの兄弟ってそそっかしいんだ。
 夜になって雨が雪に変わった。道理で寒いはず。

10日(水)ゆうべ昨日のうちに寝るという快挙?を遂げたばっかりに、2時に起きてしまった。
 なんだかぱっちりと目が覚めてしまい、しばらくは布団の中でもぞもぞしていたけれど、段々はっきりしてしまったので諦めて起きてしまう。
 こういうとき「ごみと寝不足では死なない」、というのが私の生活論理。
 今日はユトリーバなので、まだ明けやらぬ暗闇の中を、準備のセッティングに取り掛かる。
 本日7人のお客様。熱々具沢山の豚汁で、気持がとろとろ。
 お帰りに合わせて、桃の枝を7人分苦労して切り取った。花が皆をよりいっそう仲良くしてくれる。
 昨日直したガラスに何ミリかの遊びがあるのを、建築会社に話しておいたら、お茶の最中にガラス屋のまん丸さんがやってきて、あっという間に直して行ってくれた。
 「すごい、おじさん天才!」「こんなのちょいちょいのチョイだよ」いささか得意そう。こんどからうちに直接いってね、と、ちょっぴり注文をつけて行った。
 仕事の評定に関係があるのかしら?悪かったかな?

11日(木)昨日先に帰られたアツコさんから電話で、はとバスのツアーに私のハンコが必要だった、と言われたので、午後から有楽町に出向いた。前回このツアーを申し込みに行っている間に泥棒に入られたので、今度はしっかりと雨戸を閉めて出かける。
 今日は午後になって気温が上がり、隠れていた春がついにたまりかねて姿を現したらしい。
 今回のバスツアーでは、アツコさんの頑張りで、出たり引っ込んだりのメンバーの変更にも、キャンセル料が発生しなかった。
 もっともいささかごり押しとも言えるのだけれど。
 うらうらと暖かい一日で、銀座の隠れ家みたいなレストランでの2人の超低価なお昼も美味しかったし、初体験したおせんべカフェも混雑の中でのひと時が楽しかった。
 出来そこないの商品も混じったお煎餅と、ドリンクを無料で食べせてくれるという新商法だけれど、これは頭がいい。
 只で食べるのは申し訳ないというのが東京人の考え方。見ていると半数以上の人が、帰りにちゃんと商品を買って行った。
 久しぶりで都会にでた蛙は、いささか興奮気味。それでも東銀座から新橋まで一駅を都営地下鉄で移動、そこから渋谷までも都バスとしっかりしている。
 アツコさんはそこからも なお都バスに乗るというけれど、いささか歩き過ぎた私が、流石に渋谷から自由が丘まで電車の道を選んだのは、ひとつにはこの前このツアーの申し込みに行っている間に泥棒に入られたのが気になっていたのだ。
 今夜は、歌舞伎座の前の「弁松」で買ってきた折詰弁当。これ、いつでも食べたい逸品。

12日(金)今年初めて、自然な暖かさに満ちた日となった。
 今までときどき訪れていた暖かい日はどこか不自然で、翌日になるとまたがくんと気温が下がり、そのために体調もうろうろと、乱高下を繰り返していたような気がする。
 それに比べて今日は季節に従順な温かみに溢れた「春」が感じられた。
 初めてコートもジャンパーもさらりと捨てて、カーディガンにシルクのスカーフといういで立ちとなる。
 九品仏へ地代を納めに行く途中で近所の奥様と出会ったので、今日は暖かいですね、と言おうとした瞬間に、あちらから、風が冷たいですね、と声がかかった。この季節は人にとって体感温度が違うらしい。

13日(土)昨夜は風が強くて、外の音が気になった。何より気になったのが、今真っ盛りの桃の花が散らないかこということ。
 なぜか泥棒に関しては、もうどうでもよく、入るならおいで、という感じ。でも、昨夜からどっと疲れが出て、11時に寝たのに、今朝起きたら9時だったのは、やっぱりいきがっていても、泥棒に入られたことで相当なダメージを受けていたんだろうな、と思った。
 日を経るごとに、大好きだったトパーズにゴールドの細かい細工を施した指輪(これは叔母からもらったもの)や、お小遣いをためて、初めて自分で買ったブルーダイヤなどが目先にちらつくようになっている。
 午後からキョウコさんが薬とコンサートのチケットをもってきてくださり、私はこのところの恒例になっている、来客に桃の花を観賞していただくために、2階の寝室の窓を大きく開き、3メートルの高枝ばさみで、彼女のために花を取った。
 そういえば今日は一歩も外に出ていなかったので、帰りがけの彼女と駅前のお魚屋さんまで同道。
 マーケットで、シャケとアボガドを夕食のために買って帰る。夜になってまた風がひとしきり。

14日(日)どうしても今日中に済ませたい買い物のために、渋谷まで出向いた。
 うらうらと暖かく、今日もコートが要らないので、浮かれ気分でバスで行くことにした。
 毎度見慣れている風景も、冬の凍りついたような木々が一変して、
 天に突き上げた枝が、喜びの歌を歌っているように見えるのもいい。駒沢公園の銀杏も間もなくの芽吹きを予感させている。
 今日は久しぶりに布団を干したので、空気が暖かいうちに大急ぎでまたバスで帰宅。
 今日はお天気がよく、私の足もご機嫌がいい。
 夕方になってミノが鍵を取りに来てくれたので、駅まで出向いて、近くのコーヒー屋でお茶。誘ったのはこちらだけれど、慌ててお財布を持たずに出て、ご馳走になってしまう。明後日の南房総のバスツアーに、また留守番をしてくれるという。
 持つべきものは弟だわ。
                               
                                         
15日(月)朝、区の体操に行ったら、今日は先生が欠席で、テレビ画面を見ての1時間だった。これは結構ハードだけれど楽しかった。先生だとすぐに名指しで質問するんだから。筋肉の名前なんていくら聞いても覚えないんだ。
 帰りに整骨院に行ったら、ご近所の方が何人もいらっしゃっていて、あちこちでエールの交換。でもとても混んでいたので、電気治療と超音波を掛けて、一旦帰宅。デイホームを済ませてからもう一度マッサージを受けに行った。
 今日はデイホームで、3人のスタッフが今月いっぱいで辞めるという話を聞いて、なんだかとっても淋しい気分。
 今夜は雨との予報だったけれど、10時半に窓を開けたら、雨はまだ来ず、生温かい風が吹いている。
 今夜降って明日は晴れてくれないと困るのだ。

16日(火)予定通り朝9時10分に浜松町に集合。今日はかねて計画していた南房総のバスツアーの日。
 昨日の予報は見事外れて暖かく、雨も遠のいたようで、神様はまだ私の晴れ女の席を取っておいてくださっているらしい。
 ユトリーバの8人で終日楽しい小旅行となった。
 私にとっては何もかもが新鮮。海ほたるも初めてだし、南房総だってもうずっと前に行って、これは苦い経験となったために敬遠していた場所。
 今日のお昼の海鮮どんぶりも新鮮なお刺身が山盛りで、ポピーの花摘みは開いている花は無料、食用の菜花は詰め放題でこれも無料。
 浜松町に戻ってからの東京湾クルーズでの食事も、少しばかりお肉が固かった(これについては、ナイフの切れが悪かったということにした)こと以外は申し分なく、何よりもサンセットと東京の夜景には改めて目を見張った。
 最後の仕上げはなんと!東京タワー。東京に半世紀住みながら、恥ずかしながら東京タワーに上ったことがない。
 聞いてみればほとんどの人が、上ったことがないという。
 展望台から見降ろしたら、足元に母の住んでいた三田のマンションが見える。父が亡くなって家を処分した時のことなど、遠い昔の思い出が走馬灯のように頭の中を走り過ぎた。
 考えたらバスで移動したのはほんのわずかの距離で、こんな近いところでこんな素晴らしい旅ができるというのが、新発見だった。いい一日だったこと。

17日(水)昨夜は持ち帰ったポピーとスターチス、菜の花の整理に追われて、夜更かしをした。
 持ち帰り自由と言われた菜花を大鍋で茹でて、小分けにして冷凍するのに30分もかかってしまう。
 来月のユトリーバでは、菜花のお浸しが主役になりそう。
 朝から鶯がよく鳴く。つい1週間前までは、カ行が上手でなかった。いかにも練習といった感じだったのが、今日は自信に満ちて、堂々とアリアを歌っている。
 先週は、本人は「ホウホケキョ」と言っているつもりだろうけれど、「ホウホヘヒョ」と聞こえていたのだ。
 梅はあらかた散ってしまっているのに、やっぱり残り香があるのかしら。

18日(木)午前中インナーサッシの取り付けに来て、2か所の工事をしたけれど、意外に時間が掛かって、お墓参りに間に合わなくなる。
 12時過ぎにやっと終わったので急遽マキちゃんに電話をして、お墓参りをパスして、食事だけ参加することにした。私が参加しないで兄弟たちが美味しいものを食べるなんて許せない。
 電話を頼りに中華街にいるという一行とやっと合流。食後、今日はヨウコさんのために頼んでおいた金糸、プラチナ糸を鎌倉のカズコさんにお願いしておいたのを受け取るため、一足早く横浜駅で途中下車。
 久しぶりでカズコさん、ヨウコさんと3人でお茶をした。でもお昼ご飯のあとで、ニューグランドホテルでケーキなどを食べてしまったので、お腹はだぶだぶ状態。
 今夜のご飯がなにも用意がないことに気がついて、ヨウコさんご推奨の、横浜駅の崎陽軒で牛肉弁当などを買ってしまい、今日は栄養過多。
 帰りの電車の中で、外が暗くなり、雨戸を閉めてくれば良かった、と気がついて、家に帰るまで焦ったなあ。
 気温の変化が激しい。電車の中ではコートが邪魔なほどだったけれど、家に入ってしばらくしたら、体が深々と冷えてきて、今夜も湯たんぽを抱えて寝る。

19日(金)体が重く感じられる。どうやら体重が増えているらしい。やっぱりプールをさぼっていた利子がついてしまったのだ。そこでプールに出掛けなければと思うのだけれど、さぼり癖がついてしまって、一日送りになってしまっている。
 今朝もいざとなると面倒だったけれど、今日は朝から碌でもない電話やら、チャイムを押す音が続いている。
 「ご近所の早起き会のお誘いです」「「アパート経営を…」「この間パンフレットをいれた○○ですけれど…」「お墓は?…」ついにナンバーディスプレイに乗ったのが、この間から約束を3回すっぽかされた××さんからの電話。
 一瞬迷ったけれど、この電話をチャンスに、無視してプール行くことにした。ごたごたと言い訳を聞きたくない。
 行ってみればそれなりに気分がよく、今日も黙々と1500メートルを歩いてきた。
 夕方近くカクマツさんから、「韓国の窃盗団が捕まったけれど、これは世田谷を荒らしていたので、お宅に入った奴かもよ」、と電話。この間から何度もそれらしいニュースを聞いていたけれど、今度は当たりかも。
 リビングのガラス越しにぽかんと空を眺めていたら飛行機が見える。音がしないので、戸を開けてみたら、ちゃんと爆音が聞こえてきた。2重サッシの効力発揮というところ。

20日(土)キョウコさんにチケットを頂いたコンサートに行った。3月の復活祭を控えての「マタイ受難曲」はオケにバッハ時代を彷彿とさせる古楽器を用いたため、ピッチを下げてあり、調弦がとても難しいと聞く。
 でも、このオケが上手なのかそうでないのかよく分らなかった。私はやっぱり440ピッチの明るさが好き。
 コーラスはなかなか上手で、こんなコーラスに入ってもう一度大曲を歌いたいな、とちょっぴり羨ましく感じた。
 終曲まで3時間という長丁場だけれど、聴衆は身じろぎもしない。私もきっと途中で寝るだろうと思ったのに、最後までしっかりと聴いた。終わりごろには、気がついたら周りで目頭を押さえている人がたくさんいて、クリスチャンでない私もなんだかとても入り込んでしまった。よい音楽を聴いた日は、心がしっとりとしていい。
 帰りにオペラシティから乗った渋谷行きのバスの運転手さんの、口数が多いのには辟易したけど。
 今日は強風で、しっかりと体を支えるのが大変なほど。

21日(日)朝方ドカンという音で目が覚めた。一瞬飛行機が落ちたかと思うほどの轟音が雷だと気づくまでに、しばしの時間を要したのは、この家の真上を深夜に通る飛行機があって、あれが落ちてきたらどうしようと、思うことがあったからだ。
 目が覚めてしまって、耳を凝らすと、かなりの雨が降っているらしい。その上にものすごい強風で、テラスの洗濯物干しが転がっている音も混じっていた。
 ああ、今日はお墓参りは行かれないかな、と思いながら、またいつしかまどろんで、その次にはっきりと起きた時には、朝日が射していた。やっぱり私は晴れ女だわ、と少々胸を張りたくなる。
 隣に住む娘とお昼に行く約束をしていたけれど、ベルを押しても反応がない。てっきり置いて行かれた、と思ってそのまま出掛けて行き、結局のところ、落ち合ったのは小平の駅。
 今日は浜松町で人身事故があったとかで、渋谷で止まったままの山手線で30分待つ羽目になった。
 人身事故の原因は分らないけれど、これって相当の迷惑。
 納骨以来5カ月ぶりのお墓参りで、やっぱり旦那はここにいると実感した。入れるところをしっかりと確認している。
 ふっと開けてみたい誘惑に襲われた。でも残念ながらしっかりとコンクリートで固めてあった。今度あけるときは私が入る時だわ。

                                

22日(月)今日は、昨日の春分の日が日曜日だったために代休らしい。でも私はいつも通りにデイホームに行く。
 このところ栄養を取り過ぎて、ちょっぴり体重が増えてきている傾向にあるので、何としても減食の決意を固めたけれど、朝令暮改で今日も食べ過ぎ。
 お昼ご飯のあと、録画しておいたテレビ番組を見ていて、気がついたら1時を回っている。
 慌ててデイホームに駆けつける(といっても、昨日、一昨日と歩き過ぎて足が痛く、我ながら牛のごとき歩み)。
 階段の途中から、「先生来ないからもう歌っちゃおうか」、と声が聞こえてきた。
 「来てますよぅ!」と思わずビッコをひきながら2階に駆け上がった。
 歌っていてKさんの顔が赤いのが気になったので、終わってから、「大丈夫?」と声をかけたら、隣のAさんが、「朝から髭当たってたから」と代わりに答えた。
 「え?髭剃ってたの?」「違う違う、日に当たってたの」
 これってかなりトンチンカンな話で、思わず笑ってしまった。
 だって、Kさんはれっきとした女性なんだものね。
 わたし足腰に次いで耳までおかしくなってしまったのかしら。由々しき問題だわ。
 今月はデイホームのお馴染みスタッフが3人辞めるという。さびしいお話。

23日(火)東京の桜が開花宣言をした。プールで黙々と歩きながら、去年旦那が最後のお花見をしたときのことを思い出した。
 娘夫妻に車を出してもらって、多摩川べりを多摩丘陵まで走ったのだけれど、帰りがけお昼ご飯に立ち寄ったレストランで、旦那が1万円札を出したのを、いいから、いいからと押しとどめてしまい、その時に旦那がとても悲しそうな顔をしたのだ。
 その時は何とも思わなかったのだけれど、今になって、あの時の旦那の気持ちがわかるような気がして、初めて涙が出た。
 どうしてお父さんご馳走様、って言わなかったのだろう。病気になる前の元気な旦那は、一緒に出かけたときにめったに財布を開かなかった。
 だから私は、そういう彼に腹を立てながら、いつも私が会計に立っていたのだ。
 今、私の生活が成り立つような準備をしてくれていた旦那のことを思い出すたびに、手の届かない所に行ってしまった彼に、ありがとう、と言えないことが無性に悔やまれてならない。

24日(水)冬に逆戻りした冷たい雨の日。昨日シホコさんと久々のお約束をしていたので、なんだか申し訳ない気分になったけれど、プラス思考の彼女は、入って見えての第一声が「よいお湿りで…」だった。
 こういう考え方って好き。
 それにしてもこの寒さはなんなのさ、と言いたくなる。
 昨日の朝上手に鳴いていた鶯は、この天候の急変に、どこかで戸惑っているに違いない。
 でもわが家のリビングは友の到来で、ほかほかと暖かかった。
 やっと付いた二重サッシが自慢したくてカーテンを開いたら、あちこちに米粒を散らしたように、白すみれの蕾が開きかけているのを発見。今年も門の脇のスノードロップがたわわに花をつけ、ほったらかしにしてあった君子蘭のどの鉢も花をつけて、春はスタンバイOKなのに、意地悪な冬の神様はいつまで居座るつもりなのかしら。
 今日のシホコさんのネパールのカーストのお話は面白く、帰るつもりで腰を浮かした彼女を押しとどめて、夕暮れまで情報をキャッチする。
 夜は、頂いたポピーの華やかな束を眺めながら、これも彼女がネパールのカマラさんから言付かったという美味しいイラムティを飲みながら、とてもよい時間を過ごして、このところかなりヤバイ足の痛みも薄らいだ気分。
 雨は明日まで居座るとか。ご勝手にどうぞ、といっておく。

25日(木)お彼岸が過ぎたというのに、今朝も骨の髄まで染み通るような寒い一日だった。
 咲き始めた桜が凍りついてしまわないかしら?寒くて動くのも億劫なので、久しぶりにエネル源だと思って掃除機をかけた。
 この間から部屋に華やぎを与えてくれていた菜の花のお陰で、そこらじゅうに黄色い花びらが落ちている。
 それらを丹念に掃除をしているうちに、すこしずつ体があったまってきた。顔を合わせる人の挨拶は、皆、「なんて寒いんでしょう」と調子が揃ってユニゾン状態。ほかに挨拶しようがない。

26日(金)寒さに縮んで体を動かさないので、流石に特に書くことがなくなってきた。
 でも頑張って治療に通っているのが功を奏したのか、この数日の足の痛みが幾分楽になってきた。
 気がついたことだけれど、低気圧がやってくる前がどうやら体調を崩すらしい。
 ここまで寒さが居座ってしまうと、体調のほうも腹を据えて、といった感じで、慣れてくるらしい。
 今日は旦那のお友達で私の生徒でもあるSさんがご到来。1か月ぶりのレッスンをする。
 このところイタリー語に燃えているSさんのご所望で、1時間ばかりイタリアの歌を歌う。それにしても私、旦那が亡くなってからめっきり声が衰えた。
 そのうえに頸椎と膝関節のトラブルで、もうガタガタ。
 最近肉が食べたくて、今日は豚バラ肉のブロックを買ってきて煮た。冷めてから表面のごってりとした脂を取り除きながら、こういうものを食べたいうちは、痩せられないな、と思った。
 私の体重は深く静かに潜航していると言った感じで徐々に増えつつあるのだ。

27日(土)相変わらず寒さが続いている中で、どこかに迷子になってしまった春を探すように鶯が鳴く。
 10日ぐらい前にはまだ、たどたどしかった鶯の歌も、段々と腕が上がって、しっかりと自信がついたように、子音がはっきりしてきたというのに、肝心の春は一体何をやっているのかしら。
 今日は一カ月ぶりに美容院に行った。ここの椅子に座る時のほっとした気持ちが好き。
 「AULA」から売り出しの葉書が来ていたので、髪もきれいになったことだし、久しぶりに坂を降りて町に出た。
 今日は土曜日なので人出が多く、申し合わせたようにのろのろと歩いているので、このところ早く歩けない私も、流石に少し気が焦る。
 これからしばらくの間、同期会やらお仲間の食事会などが多く、ホテルに行く機会が沢山あるので、春のツーピースを買いたいと思っていたら、まさにぴったりのを見つけ、迷わず買ったまではいいのだけれど、スカートがなんと!きつい。
 それでもサーモンがかったピンク色と、スタイル(それに何より値段が)が気にいったので、スカートはサイズ直しを頼んで、上着だけもって帰った。
 久しぶりに町に出たので、本屋の梯子をして2冊の新刊文庫本を買う。

28日(日)相変わらずの寒さの中だけれど、今日は久しぶりの同期会の日。
 寒いなどと言ってはいられないけれど、はたと考えてしまったのは、着て行くものが思いつかないことだった。
 もうあと3日で4月という時季、まさか冬のコートが必要になるとは。
 あれこれ考えているうちに時間ぎりぎりになって、もう20年も前からこの季節になると引っ張り出す、グレイの桜のツーピースを着こんだ。
 ちなみにこれを買った有楽町のちりめんやさんから、ついこの間、今シーズンの案内の葉書が来ていて、よくもまあつぶれずにいたと、感心したところだった。
 同期会の開かれる四谷のホテルの会場に入った途端に、ぱっと花が開いたよう。3時間の間話が弾んで絶える暇もなかったけれどなにより感心したのは、それぞれがさまざまな過程を通ってきているのに、こぼし話、愚痴話をする人が一人もいないことだった。
 音楽屋はノー天気で歳をとらないという定説もまんざら嘘ではない。
 久々で楽しい時間を過ごして、名古屋に日帰りで帰るミチコさんを東京駅まで送って、まっすぐ歩くことも難しいほどの駅の人込みを分けて、大好きなブルディガラのパンを買って帰宅。
 皆の熱気にあふられて、少々疲れを感じたものの、これほど楽しい仲間と会えたことが嬉しい一日だった。

                              

29日(月)昨日の疲れが出たのか、少し動悸がする。なんだか嫌な気分。
 このところ潜在的なストレスを抱えていたのが災いしたのかと思い当って、デイホームから帰ってから、軽い安定剤を飲んで本を読んでいるうちに寝てしまった。
 それが効いたのか、起きた時は動悸が収まっていてほっとする。
 この何年か、時間の経過が余りにも早くて、せかされるままに常に焦っていたのだけれど、ふと、時間がゆるゆると動いていることに気がついた。
 夫の末期に、主治医から「何が起きてもうろたえないで」と言われていたことが今になって、私の身にしっかりと定着したらしい。
 これって悪くない。だから以前のように鳴りだした踏切の遮断機に慌てることもなく、そのために大抵一台の電車に乗りそこなっているのだ。
 今の私にとって、空白の時間を作るのは、どうやらあまりよくないらしい。だから今日デイホームですこし話をして来月から土曜日にもう一回サービスで出向くことにした。

30日(火)この間のクラス会で隣り合わせたクニコさんと話をしていて、もう一回おおきな曲を歌いたいから、コーラスでも入ろうかしら、と言っていたのを、彼女が覚えていて、自分のコーラスにはいらない?と電話があった。
 聞けばバッハのオラトリオをやっているという。段々に食指が動いてきた。練習日を聞いたら、昨日デイホームと約束をしてきたばっかりの、土曜日という。先約優先主義の私としてはいささか気になるけれど、まだ始めていないことなので、デイホームに電話をして、火曜日に変更してもらう約束を取り付けた。
 楽譜を送りましょうか?とクニコさんが言われたけれど、重たい楽譜をもって行くのはいささか面倒で、ドイツ語の歌詞ならどうにかできるだろうと軽く考えて、当日初見ということにした。
 すこしずつ少しずつ、新しい生活の枠作りが出来てくるのは楽しい。それにしても今日も寒いこと。
 咲き始めてしまった桜が、どうしていいかわかりまへんわ、という感じで枝で震えている。
 でもこの寒さのお陰で、久しぶりに入学式は桜に祝ってもらえそう。
 今日は駅でばったり会ったユトリーバのノリコさんが、午後になって遊びに来てくださった。
 今日一日アポイントメントをとって待っていた火災警報器の取り付け業者さんは待ちぼうけ。
 どうやら隣の息子の家に行って、留守なので帰ってしまったらしい。電話くれれば今日片付いたのに、気が効かない奴。

31日(水)このところの体調不良から、2、3日夜軽い安定剤を飲んだためか、一日中眠い。
 整骨院がとても混んでいて、待ち時間が長かったためと、持って行った本を読み終わってしまったので、居眠りをしてしまい呼ばれてはっと目が覚めた。初めての経験だった。
 朝出足が悪かったので、今日はプールには行かれない。
 午後になって火災警報器を取り付けに来たのは、とても人のよさそうな人だった。昨日「気が効かない奴」、なんて言って悪かったかな。
 息子の家が表通りに面して建てられてから、しばしばこういう間違いが起きる。
 気がつけば、露地を入って2軒目というのだけれど、つい忘れてしまうと、こういうことになるのだ。
 それにしても台所に付けた火災報知機は、そそっかしくてしょっちゅうお鍋を焦がす私にとっては、とても迷惑な存在。
 今日はすこし寒気が緩んだ。なんたって年度末、明日から暖かくなることをひたすら願うばかり。



                          
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